かすみ草の恋

アラフィフの今、出逢ってしまった運命の人。
お互い家庭がありながらも、最後の恋人として大切に愛を育んでいます。

しなやかに、そしてしたたかに<その2>

前回の続きで
私が「しなやかさ」と同時に
身につけたいと思っている
「したたかさ」について。



「したたか」というと
マイナスのイメージだが、
本来はいい意味で使われる言葉だった。


辞書を引いてみると、
『1.強くて手ごわいさま。
一筋縄ではいかないさま。
2.強そうなさま。いかめしいようす。
3.しっかりしているさま。確かなさま。
4.大げさなさま。はなはだしいさま。』
とある。


漢字で書くと「強か」、
つまり強い、ということだ。



ではなぜ「強さ」ではなく
「したたかさ」を求めるのか。


「強さ」というと、
何があっても揺るぐことなく、
自分の決めた道をまっしぐらに突き進む、
というイメージがある。


だがこれは、もう1つの目標である
「しなやかさ」とは相容れない。



例えば今のトシとのような
婚外恋愛の関係では、
究極の理想を言えば
お互い自由な立場になって一緒になることだ。


もし相手が離婚しなかったとしても、
他に好きな人ができた以上、
少なくとも自分は家族を捨てる、
と覚悟するのが本当の「強さ」だろう。



しかし、現実は自分の中に
家庭を捨てることができない弱さがある。


不倫で一番責められるのは、
家庭を維持しつつ外で恋愛も楽しむ、
といういわばズルをしている部分。


どんな言い訳をしたとしても、
婚外恋愛をしている誰もが
こうした弱さ、狡さを持っていることは否めない。



それならばいっそ、
その弱さ、狡さすら飲み込んでしまえばいい。


自分は弱くて、狡くて、流され易くて、
でも彼のことを誰よりも愛している、
と開き直る。


その上でなお、自分らしさを失わず
前向きに生きるために必要なのが
「したたかさ」なのだと思う。



しなやかに、そしてしたたかに、
人生を楽しんで過ごしたい。

しなやかに、そしてしたたかに<その1>

前回の記事のコメントで、ある方から
「思想がしなやか」というお褒めの言葉を頂いた。
(はなさん、ありがとうございます♪)


そんな言葉をかけて頂くには程遠いが、
「しなやか」というのは
私が目指す理想のひとつなので、
とても嬉しかった。



「しなやか」を辞書で調べてみると、
『1.柔軟で,弾力に富んでいるさま。よくしなうさま。
2.動作・態度に角張ったところがなく,なよやかなさま。
たおやかで優美なさま。』
とある。


さらに類義語としては
『柔軟、フレキシブル、典麗、奥ゆかしげ、麗しい
優美、エレガンス、優雅、雅やか』
などなど、畏れ多い単語が並んでいる。


ここから私が考える「しなやかさ」は
・無理をせず自然体
・自分らしさを保ちつつ、エゴを押し通さない
・自分の意志で流されることができる
といった感じだ。



1つめの「無理をせず自然体」は、
自分にできることを無理をしない範囲で
楽しんでするよう心がけること。


そのためには、自分にできること、できないことを
理解している必要があると思う。


もちろん、できないことをできるようにしようと
頑張ることも大切。


だが、いつもいつも肩肘を張っていると
自分も周りも疲れさせてしまう。


できることを楽しみつつすることで
自然に新しい何かが身に付くとしたら
それこそ「しなやかさ」なのかもしれない。



そして「自分らしさを保ちつつエゴを押し通さない」は、
自分と違う考えに出会ったときに
「なるほど、そういう考え方もあるかもしれない」
と受け入れられる姿勢。


もちろん芯はしっかりと持っている必要があるが
その上で「それもアリ」と思えることが
思想の「しなやかさ」だろう。


受け入れた後に、やはり自分には合わないと思えば
やらなければいいだけのこと。


目くじらを立てて「その考えは違う!」と
言い張るのは、しなやかさとは対極にある気がする。



最後の「自分の意志で流されることができる」は
ただ単に状況や周りの人間に流されるのではなく、
何か「これかも!」という動きを感じたときに、
その波に思い切って乗れること。


こうしてみたいな、こうなれたらいいな、と
自分が漠然と思い描く理想を実現できるような
小さなキッカケは、実はいたるところに転がっている。


だが、今の状況を変えることが
怖かったり億劫だったりして、
色々と言い訳をしてはそのチャンスを見送ってしまいがち。


ダメだったらまた、戻ればいい。


それくらいの軽い気持ちで流されてみることが
「しなやかさ」に繋がるのではないかと思う。



心も物腰も「しなやかな女」になること。


これが私の目標だ。


それと同時に、「したたかさ」も
私の理想の生き方のひとつ。


長くなったので
こちらに関しては次回に書かせて頂こうと思う。

ワタシ発信vsカレ発信

女性が気にすることの1つに、
発信が自分からなのか、彼からなのか、
ということがある。


デートのお誘い、電話、LINEなどなど
常に自分から(ワタシ発信)の場合。


彼は会いたくないのではないか、
声を聞きたいとは思わないのか、
繋がっていたくないのだろうか、
とモヤモヤした気持ちが涌き上がってくる。


それが高じると、
「彼は私が思うほど、
私のことを思ってくれていないに違いない」
という負の感情に取り付かれてしまう。



私もトシと付き合い始めてすぐの頃は、
ワタシ発信vsカレ発信の割合が気になった。


幸い、トシは男性にしてはマメな方だし、
付き合い始めのテンション高めの頃は特に
頻繁に連絡をくれていた。


最初の1ヶ月くらいは、トシ発信が8割、
私発信が2割くらいだっただろうか。



二人の関係が落ち着いてくるにつれ、
この割合は徐々に変化していく。


電話はトシが空いた時間にかけてきてくれるので
9割方トシ発信だ。


デートのお誘いは、トシ8割、私2割くらい。


だがLINEに関しては今では全く逆転し、
私発信8割、トシ発信2割くらいだ。


いや、ヘタしたら私が9割かも…?!



でも、私はそれが全く気にならない。


理由の1つは、
「どちらが発信するか=愛情のバロメーター」
とは思っていないから。


時間に余裕のある方、
あるいは携帯を触れる環境にある方が
LINEし易いのだから
ワタシ発信が多くなるのは当然だろう。


それに、男性は女性ほど
言葉に重きを置いていないようだし、
しょっちゅう繋がっていたいという願望も低め。
(当然、個人差はある。)


だから、どうしても女性の方が
LINEする回数が増えるのだと思う。



もう1つは、ある程度関係が落ち着いてくると
役割分担のようなものが
でき上がって来るのが自然だと思うから。


役割と言うと語弊があるかもしれないが、
要するに自然に決まっている行動パターンのようなものだ。


付き合っている相手だけでなく、
友人関係、家族関係を見てみると、よりわかり易い。


計画を立てるのは自分、
連絡をしてくるのは○○さん、
揉め事が起きたとき仲裁するのは××。


などと、ある程度パターンが決まっている。


各自がそれを負担に思わず、
自然に自分の役割をこなしている関係が
一番居心地がいいのではないだろうか。



付き合っている相手に対しても同じ。


電話は彼から、デートに誘うのは半々、
LINEで朝晩の挨拶を入れるのは私。
とある程度パターンが決まってくる。


それは愛情云々ではなく、
そうすることがお互いにとって自然で心地いいから
なのだと思う。



私ばっかり…、
といじけるのは、とっても勿体ない。


LINEをしたければ、したい方がすればいい。


既読マークが、
相手が気持ちを受け入れたというサインなのだから。


電話をしたければ、したい方がすればいい。


声を聞けて嬉しいのは、お互いなのだから。


会いたければ、素直に誘えばいい。


都合が付くかどうかは別として、
断らない限りそれが相手の愛情なのだから。